踏切

 電車は金属のこすれ合う音を響かせて踏切の手前に停車した。その反動でナツメは右隣のユウに勢いよくもたれかかった。ナツメは衝撃で目を覚ますと、急いで窓から前方を見、次いでユウに向き直った。
「踏切だってさ」ユウは落ち着き払って答えた。
 ナツメはなんだ、と一言つぶやいた。前屈みになって背筋を伸ばし、それから座席に深く座り直す。
「歩道橋、渡っちゃう?」少し間を置いてからユウがそう尋ね、前方の道路にかかる歩道橋を指さした。長々として頑丈そうな、古めかしい橋だ。水色の塗料は大半がはがれて錆だらけの鉄骨がむき出しになっている。乗客のいくらかはすでに電車を諦め、線路脇の砂利道を伝って歩道橋を目指している。非常ボタンで開けられた扉から消え入りそうなそよ風が時々吹いてくる。
 線路を横切る幹線道路は両側六車線が全てトラックやら重機で塞がっており、向こう側の踏切すら確認できない。知らずに見たら線路がそこで終わっていると思いさえするだろう。それほどに潔く分断されているのである。巨大な車達はのろのろと線路の上を通り過ぎてゆく。暑さにやられたような重い足取りで。
 遅刻するよとユウは言った。ナツメは答えない。代わりに髪留めのゴムを外し、長い髪を軽く振り乱した。
 車両の後ろから車掌らしき人物がやって来て、道路のあちら側では折り返し運転を開始したと乗客に告げた。こっちはどうなんだと中年が不機嫌そうに声をかける。車掌は弱ったような笑い方をし、額の汗をハンカチで拭った。こちらは動かないんですよ。中年はむっつりとした表情で腕を組む。
「行こうよ、ナツメ」
 ナツメはユウの顔を下から覗き込み、口元にうっすらと微笑を浮かべた。そして小さく首を振る。ユウはわずかに頬を赤く染めた。目をそらし、わかったよとか細い声で一言。
 それを聞いたナツメは小鳥が枝に止まるようなやわらかさでユウの肩に頭を乗せ、間もなく小さな寝息を立て始めた。遥か遠くでクラクションが二回鳴った。ユウは諦めてMDプレーヤーを鞄から取り出した。
 また出席日数が一つ減るのか。月に一度は起こるアクシデント。道路を見ても渋滞が消える気配はうかがえない。ナツメは寝ている。眠いのだ。窓を突き抜ける日射しに白い肌を焼かれようと、眠らずにはいられないのだ。ユウにもそれは理解できている。何度となく見てきた光景。ゆっくりとMDをしまう。
「もうすぐ夏休みだね」ユウは吊り広告を眺めながら独り言のようにつぶやき、目を閉じてナツメの頭に頬を寄せた。ナツメは空気のように眠っている。彼女の黒髪に透明感のない光が張り付いてくる。ユウも汗がにじんでくるのを感じる。もう夏だっていうのに。心の中でため息をつくと、ユウもまた緩やかな速度で眠りの淵へと滑り落ちて行った。
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