ニュースでは朝焼けと引きこもりと犯罪の関係をさも深刻そうに語っている。パネルには犯罪や不登校の件数が折れ線グラフで示され、所々に強調の点が書き込まれて行く。ユウはノートから視線を外して評論家の言葉に耳を傾けた。人間の神経は元々あのようなものに対して不快感を覚えるものであります。こういった場合は周囲のケアが必要であります。
誰も根本的な問題には手をつけまいとしている。ユウはココアに手を伸ばしながら思った。
ドアノブの回る音がして、パジャマ姿のナツメが寝室から出て来た。眠りが浅かったのか、目の周りに隈ができている。髪は乱れ、所々からまっているようだ。ナツメはユウの向かいに座るや否や一つあくびをして、それから両手で顔を覆った。ユウは黙って大ぶりのマグカップを差し出した。かすかに立ち上る湯気がナツメにココアの香りを伝えた。
ナツメは無表情に三口ほど飲んでからほっとため息をつき、見上げるように背筋を伸ばした。朝の絶望的な表情は消えていた。
「朝ご飯食べたい」ナツメはやっとの事で口を開く。
「僕は食べちゃった。何がいい?」
「作ってくれるの? ラッキー。言ってみるもんだね」
「仕方ないじゃないか」
「まあね。まだホットケーキあった? あったら焼いて。無かったら何でもいいよ」
ユウは冷蔵庫からホットケーキミックスを取り出して調理にかかった。ナツメは大事そうにマグカップを抱えながら横目でテレビを見た。丁度自殺率の話をしているところだ。
「朝っぱらから暗い話」
「もう朝じゃないよ。十時過ぎ」
「いいじゃん。起きたら朝だもん」ナツメは得意そうに切り返した。それからユウの背中に視線を戻す。
「今日の四時間目って何だっけ。政経?」
「うん。でも休むって西村先生に言っておいたから大丈夫」
「センリちゃん怒ってた?」
「別に怒ってなかったよ。いつもの事だし。そう呼ばれる方が嫌なんじゃないかな」
「わたしとセンリちゃんの仲をなめちゃ駄目よ」ナツメは自信満々に答える。
「ねえ、四時間目から行く。朝焼け終わったし。何かみんなに会いたいのよ、わたし。ちょうどセンリちゃんの授業だしさあ」
ユウは心配そうな表情で振り返った。「本当に大丈夫かな」
「任せてよ」
「わかったよ」ユウはそう言ってボウルの中身をフライパンに流し込んだ。
優しく溶けるような音がガス台から部屋中へ広がった。ナツメは何も言わずにテレビを見る。自殺した高校生の家族へのインタビュー映像が流れている。父親は神妙そうな顔で当時を振り返り、母親は耐えきれずにこぼれた涙を何度も拭いていた。全員が自分ではない何かに狂わされたような口ぶりだった。
ナツメが鬱陶しそうに電源を切ると、部屋は再びホットケーキの音に満たされた。ユウは器用に生地をひっくり返し、焼き加減を確認した。それから何の模様も無い皿とナイフとフォークを取り出して洗い場の脇に揃える。生地は初秋を思わせるきつね色に変わり、かすかに甘みを帯びた香りがユウの鼻孔をくすぐった。
「ユウ、わたし自殺なんかしないから」ナツメが静かに言った。