冬が終わる

 結局あの日、エレベーターを見ることは出来なかった。作業がもう終わるのとダミーの事で不具合があったからと職員さんが説明してくれた。もちろん五月は全然納得していなかったけど。
 あのあと駆けつけてきてくれた人達が言うには、ダミーに人が乗っていたのはセンサーがすぐ察知したけど、もしそこから落ちても床から風が吹き出して受け止めてくれるから安全ということでそのままにしておいたらしい。何だかひどくいい加減な話だ。僕達はそのおかげで死ぬ思いだったっていうのに。
 一応降りる速度はやっぱり気を遣って遅くしてくれていたみたい。そして安全策については事前に渡した資料に書いてあるということだった。
 最初怒っていた五月はそれを聞いてあっと声を上げ、鞄から薄い冊子を取り出してページをめくると、あとは笑ってごまかしていた。
 五月らしい話だと思う。
 それから何日かして、例の建設会社から二枚のチケットが送られてきた。先日のお詫びということで、一般公開に先立ってエレベーターに乗ることができるという優待券みたいなものらしい。確か送り先は五月がメモか何かに書いていたと思うんだけど、何故うちに届いたんだろう。
 その事を五月に聞いてみようとして、ふと考えた。きっとこれは五月がわざとやった事に違いない。だとしたら五月に任せるんじゃなくて僕がチケットをどうするか決めなければいけない。それが証拠に、五月と会って話している時、チケットの話題を彼女から振ってくることは一度もなかった。
 そして、チケット到着から一週間経った今日、何故か五月は僕を避けているみたいだった。休み時間も昼休みも五月からは決して話しかけて来ないし僕から出向いてもあっさり流されてしまう。朝だって家まで迎えに行ったら先に出かけてしまってた。この十年間で五月が僕より早く学校に行った試しなんてないのに。
 色々考え合わせてみても、これってプレッシャーだ。一週間も待たせやがってなんて思ってるに違いない。やっぱり、もう本当に覚悟を決めるしかないんだろうな。
 そんな風にして全然集中できないまま授業は終了し、下校前の今に至る。窓の外は雲一つない突き抜けた青空で、風もほとんどない小春日和。丸まると太った雀が頼りなげに飛んでいる。天気予報はもうすぐ春一番が吹くと予告していた。今日こそがエレベーターを見に行く日のような気がする。覚悟も決まってる。
 さあ、あとは実行するだけだ。誘う文句も考えてある。五月の席は三つ後ろだ。行け!
 そうして勢い良く振り返ると、五月がニヤニヤ笑いを浮かべながら僕を見下ろしていた。
「イズミくーん」
 やられた。
「五月ぃ」
「ハラハラしたでしょ?」
 負けた、と思った。身体の力が全部抜けて、へたり込みそうになった。
「うん、何ていうかその、すごかった」
「で、どうするの?」
「どうするって」
 五月の眉間にかすかにしわが寄る。いけない。
「チケットがさ、あるんだ。エレベーターの。これから時間あるなら、行かない?」
 五月は答えない。目をつぶって迷うような仕草。沈黙が続く。
「いやその、一緒に行こうよ」
 五月はしてやったりの表情を浮かべて僕に手を差し伸べる。僕も諦めて笑い、それからまた手を繋いでエレベーターの原っぱへと向かう。今度は五月の後ろではなく、すぐ横に並んで。

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