ジェットラグ

 行ってきますの声も高らかに、志穂は片手でサブマシンガンと予備弾装をベルトに括り付け、スカートを翻して対戦車砲弾の結わえられた太股眩しく太陽に見せ付けながらパワーボードのモーターに火を入れた。文字通り玄関を飛び出すや、電動機付きスケートボードは加速に加速を重ねて十秒も経たぬ内に法定速度へ達し、坂道の多い住宅街に甲高い喧騒をこだまさせた。今岡志穂とご近所様の朝にして珍しくない情景である。
 ジャムパンを紅茶で流し込んで包装袋をペットボトルに詰め込むと、片手に握った操縦桿を軽く緩めて速度を落とし、通りかかったコンビニのゴミ箱に力いっぱい投げ込んでのける。狙いは過たず朝食の残骸は可燃ゴミの口へ突入して乾いた音を立て、同時に彼女の違法性を顕にした。
「ストライック!! イェア!!」
 あられもない台詞を残しつつ再加速するに連れて志穂の視界は澄み渡る秋空のごとく高く高く広がって行く。風に揺らぐ両脇ではブロック塀の洋風住宅がひしめきあって建ち並ぶ。その一軒で道路掃除をしている老人が顔をしかめ何か言おうとするも、特徴的なショートボブを視界に収めると、ため息を吐き仕方ないといった苦笑いに変えた。
 志穂は上り坂で全開にしたモーターの力を使って、続く下り坂を一気に飛び降りる。スケートボードに不似合いなサスペンションが落下の衝撃を受け止める。急角度の曲がり角をノーブレーキで曲がり轢かれかかった登校中の大学生が激怒し志穂は空いた手で詫びの印を作ってそのまま緩く細い坂に差し掛かり再び加速、向かいからやって来る老若男女を器用に避けながら目的地へひた走った。
 高校まで半分という所でロングストレートの黒髪を風になびかせた、後姿を一見する限り真面目そうな同級生の姿が目に入る。その印象を一瞬で反転させる狙撃銃を見るや志穂は彼女が悪友の一人であることを察し、急ブレーキをかけて元気に声をかけた。
「明美おっす」
 気の置けない挨拶に対して億劫そうに振り向いた明美は眠たげな三白眼で志穂を見つめ、欠伸を一つしてから両手に抱えたスナイパーライフルを拭く作業に戻った。
「遅刻しちゃうよっ」
「いつもの事っていうかいつもよか早い。あんたいい加減パクられんじゃないの」
「私、お巡りさんと仲いいもんね」
「知るか。早く行けよ」
 明美流の愛想がこもった切り返しに片手を挙げて応じ、モーターを一気に回してウィリー気味に先へ進む志穂。後には「うるさいな」という明美の呟きが残された。
 志穂の住む区は坂の多い地域として知られている。また町自体が古いため細い路地や曲がり角が多く、車輪付きの移動手段、特に自転車などは肉体克己を目論む人間以外には殆ど使われていない。スケートボードも同様で、下り坂ならまだしも上り坂を進むエネルギーは持っていないので所持者は皆無と言って良い。そんな中、安全面に問題があるため事故を起こしても健康保険の効かないパワーボードを毎日のように走らせる志穂の存在は異質であり、一部、主に少年の憧憬を集める一方で警察官や大多数の区民達からは白い目で見られ、また要注意人物として学園生徒のブラックリストに載せられている。銃火器についても同様。町中でしばしば火力戦が行われるのは道徳的にも地域の安全保障上もよろしくなく、これら危険行動の大半について条例上目を瞑られているのは一重に彼女の通う中高大一貫で健全に危険物を扱う実験的学園の存在に尽きる。
 だが、当然危険物取り扱いの研究目的と言いながら生徒及び学生、職員達に好き勝手を許す学園は、近隣住民や官憲にとって目の上のたんこぶ以外何者でもなかった。
 志穂が坂の切れ目で上機嫌にバックフリップを決めると周囲から悲鳴が上がる。
「ふざけんなクソガキ!!」
「こちとらマジでやってんだっつの!!」
 怒り狂う二十四時間営業の食材屋を笑い飛ばすと路地の先に慌しく逃げ惑う一般人が見えた。何事かと目を細めた志穂の斜め向こう、電信柱の影で縮こまる見慣れた小さな影、そして更に一本向こうには数人の高学年と思われる女子が数名立ち並んでいた。志穂は手前の電信柱にパワーボードをつけ、天然パーマ且つショートカットの友人に元気良く挨拶をした。
「ちーちゃんおはよっ」
「あ、志穂ちゃん、おはよう」小柄な影はおずおずと振り向いて挨拶を返してくる。その様相から状況を察知して、すぐさま二の句を継ぐ。
「絡まれてんの?」
「うん、バズーカ砲を持った先輩がね、爆弾なんて辛気臭いから没収してやるって、あそこから動いてくれないの。検問なんだって。私、嫌われてたみたい。あと三分出て来なかったらこっちに来て教育するって言われちゃった」
「あらら」
「それでわたし困っちゃって、仕方ないからプラスチック爆弾で電柱倒してね、脅かそうと思ったの。でも、そしたらあの人達怒るよね。それに倒すまで待ってくれないよね」
 志穂は成る程と首肯した。爆弾は本来、投擲型を除いて積極戦には向いていない。彼女、千秋の得意分野は設置型の物であるため戦闘がこう着状態に陥るとなかなか現状を打開出来ないのである。仮に電信柱を倒して威嚇ないし攻撃したとしても、次の手を打つ前に反撃を受ける可能性が高い。いずれにせよ敵意むき出しの相手を激昂させることは間違いなく、単独で敢行するのに効果的な手段とは言えない。
 しかし、前衛型の仲間がいれば話は別である。
「ちーちゃん、あいつらのすぐ脇に電柱倒せるよね。そしたら私が速攻突っ込んでサブマシンガンぶちかますからさ、その間に通り抜けちゃいなよ。ちーちゃん一人だときついけど、二人だったら楽勝だって。電柱倒すまで援護するし」
 千秋は志穂の励ましに勇気を得たようで、目を見開いて二度三度と頷いた。それから先輩に見えないよう気を付けつつ鞄をまさぐり、プラスチック爆弾と起爆装置を取り出した。
「ちょっと待ってて志穂ちゃん、すぐ角度計算するから」そう言って俯き加減に目を閉じると、十秒もしない内に体を起こして電信柱の根元に練り物を彷彿とさせる爆薬をぺたぺたと付けて行く。見た目とは裏腹に火薬を扱う彼女の動きは素早く、無駄がない。その手際に志穂はいつも感心させられるのだった。
 そんな千秋の様子を見た先輩達が何事か喚きバズーカ砲を構えようとする。その矢先、志穂のサブマシンガンが火をふいた。
「はーい邪魔しないでくださいねー」のんびり言いながら片手で牽制する彼女のサイトは完璧で、均等に散らばった的の胴回りを次々ゴム弾が捉えて行く。
 相手が体勢を崩している内に爆薬の形を整えコードを起爆装置に繋げて志穂を振り返る千秋。その表情は先程までの小動物を思わせる怯えたものではなく、むしろ獲物確保を確信したハイエナといった雰囲気を漂わせ、輝きの薄れた目には後ろ暗い光すら見て取れた。
「あー、ゾクゾクするわ」志穂が舌なめずりをする。
「うん、火薬って可愛いよね」
 二人は不穏な視線を交わす。
「じゃあ、行くね」カウントダウンもせずにスイッチを押す千秋。同時に朝を揺るがす爆音が辺りを覆う。電信柱が破片を飛ばしながら先輩達の鼻先目掛けて倒れ始める。さすがに重火器を手にした人間と言えど建築物の洗礼には混乱を禁じえず、一瞬身をすくめる。
 そこを狙って志穂のサブマシンガンが再び肩の高さに持ち上げられ、まるで玩具で遊ぶがごとく引き金が絞られる。無数のゴム弾が敵の誰にも区別なく撃ち込まれ悲鳴が上がる。
「テメー!!」「ぶっ殺す!!」男女三人構成のチームは反撃以前に怒号で志穂達を止めようとするも時すでに遅かった。志穂はいち早くパワーボードの操縦桿を握り込んで至近距離まで接近しており、そのすぐ後方からは硬式球程の大きさの代物を両手にした千秋が追いかけて来る。
「ハッロー!!」志穂は親指でロックを外し腕を振って空になった弾倉を投げ捨てると腰から抜いた充填済みの物に入れ替えるや三人を飛び越しながら滅多やたらに撃ちまくる。再度、悲鳴。そこへ千秋が小さな掛け声と共に両手の弾を投げつけた。それは着弾すると緑がかった煙を振り撒いて彼らを隙間なく包み込む。間もなく煙の中から涙声と咳が絶え間なく聞こえ始めた。
「催涙弾? あるなら最初から使えば良かったのにぃ」煙を越えた地点から志穂が大声で尋ねた。
「うん、わたしねー、火薬じゃないのはあんまり好きじゃないの。でも、これからこの人達に「しょうぶづけ」をしないといけないから、暴れられたりすると困るの。だから志穂ちゃん、先に行ってて。わたし、ガスマスクも持ってるから平気だよ」
「分かった。あんま遅くならないようにね。後ろに明美もいるから、一緒に来るといいよ」
「ありがとー」
 そうこうしている内に煙のあちらから恐ろしげな音が聞こえてきたので志穂は先を急ぐことにした。
 町に住む者は地上用避雷針の設置を怠ってはならない。
 これは学園周辺における不文律である。関係者もさすがに住宅に向けて電線を落とすような真似はしないが、断線による停電は日常茶飯事であり、道行く人が漏電等による感電の危険に晒される場合も多い。そのため各家庭の道路際には必ず強力な避雷針が立っており、直近で起きた電線事故に対応出来るよう気を配られている。パソコンのバックアップ用に非常電源を用意している宅も九割に上り、幸か不幸か電気・雷の類に対しては国一番の安全度を誇る町として知名度が高まっている。ただし電気工事の件数もそれに伴って全国最高位を走っており、公共工事の件数に関しては問題とされていた。
「由宇」
 急ブレーキをかけた志穂のすぐ隣で文庫本を片手にしながら、黒ぶち眼鏡の少女は全く反応を示さないでいた。
「ゆーうっ」
 二度目の呼び掛けにも由宇と呼ばれた少女は応じない。志穂と異なり丁寧に結ばれたネクタイは彼女が整理の利いた性格の持ち主であることを物語り、使い古され色褪せたブックカバーがビブリオマニアを主張しているが、一方で文字に集中するや視界が狭窄する面もあるようである。
「ゆうちゃーん!! おはよっ。ちこっくしますよ!!」
 パワーボードを前に回りこませ行く手を塞いだことで、ようやく由宇は日焼けした本の頁から顔を上げた。その表情からは、たった今志穂が追いついてきたのに気づいた事が見て取れるが、目は落ち着きを失わず、申し訳なさや驚きは浮かんでいない。
「志穂」由宇は静かに答えた。「どうしたの、そんなに急いで。遅刻なんてしないわ。私は校門が閉じる寸前に到着するよう計算して歩いて来たもの。あなたこそ慌てないで、ネクタイくらいちゃんと結んだ方がいいんじゃないかしら」
「いや遅刻するっつの。だって私、遅刻するタイミングで速攻出てきたんだもん。今だってほんとは止まってる暇はないんだよ。だから由宇も急ぎなって」
 由宇は不思議そうに首を傾げた後腕時計を眺め、納得の表情を浮かべた。「そう。きっとこれを読んでいる内に夢中になってしまったのね。私、本に集中すると少し歩くのがおろそかになる時があるの」
「知ってるよ!! あーもう乗せてやるから一緒に行こうぜー」
「二人乗りは危険だし良くないわ。それに、落ち着いて本を読んでいられないじゃない。志穂は読んだ? ガルシア=マルケスの『エレンディラ』。悪夢みたいで良いわよ」
「あー悪夢は良くねーってあんたいつもそんなんばっか読んでんじゃん遅刻するから走れ!!」
「嫌よ。私が汗かきなの、知っているでしょう? そうじゃなくて、あなたが校門を開けておいてくれれば問題は解決するもの。スカートが膨らんでいるのを見れば亜季子対策をしているのは分かるわ。私達の指揮官として、血路を開いてくれると信じているから」
 志穂は頭を掻き毟った。
「櫛、入れる?」
「だからやなんだよなー明美もあんたもいざとなったらそれじゃん!! たまには私にも楽させろっての!!」
 由宇の口元にここで初めて好ましげな笑みが浮かんだ。
「それが出来ないと分かっているから、私達はあなたを信頼しているのよ。私は千秋と明美を待ってから行くわ。どうせ千秋も後から来るんでしょう。校門の所で待っていて頂戴」
「分かったよ!! ちゃんと言い訳考えておいてよ!!」髪を手櫛で直しながら操縦桿を握り直す志穂。歯噛みしながらもその目には諦めの表情がある。パワーボードは再びけたたましいモーター音を奏でて校門へのホームストレートへ突入して行く。すぐ後ろから小さく投げかけられる礼の言葉は彼女の元へ届かない。
 急角度のカーブを、ドリフトをきかせながら曲がりきるといよいよ校門とその向こうの鉄筋コンクリート校舎が視界に入る。校舎のあちこちは不自然に破損したりまた大小様々な穴が空いており、ある種の投げやりさを感じさせる。志穂は見慣れた学び舎とその手前にそびえる鋼鉄の門に注意を向けた。縦に柵の入った校門は既に片側が閉じられ鍵を掛けられており、残った隙間へと駆け込む遅刻寸前の生徒達を次々と飲み込んでいるところだった。そして閉じていない側の門に片手を乗せて、客を呼び込みでもするように敷地内へ誘う三つ編みの生徒が志穂の注意を引く。左腕に黄色の腕章をした背の低い少女こそ、彼女達が最後の関門と設定している風紀委員である。
 由宇が口にした名、亜季子の上に鶴巻を冠した志穂の宿敵は、角から飛び出したパワーボードを認めるなり血相を変えて生徒の登校を急がせ、手にした門をじりじりと閉め始めた。同時に古めかしいメロディの本鈴が鳴り始める。志穂の位置から校門までは全速力をもって間に合うかどうかというところで、前方を走る生徒を避けてゆくと考えれば寸前で締め出される可能性が高い。そこで交戦となれば非武装の生徒をも巻き込む可能性は充分にあり、武装生徒に対する攻撃性は高い志穂と言えど、罪のない同輩ないし先輩、いわんや年下の生徒に迷惑をかけるのは望むところではなかった。
 操縦桿が開かれ、校門から三十メートル足らずの位置でパワーボードが止まる。直後本鈴が鳴り終わる。校門は無慈悲な金属音と共に閉じ切られ、志穂と亜希子の間に決定的な軋轢が生まれる。
「亜季子ぉ!!」
 最早おなじみとなった呼び掛けを受けて、亜季子はゆっくりと胸からべっ甲製の眼鏡を取り出し、整った鼻梁に乗せた。
「待ちなさい志穂。こうなった以上、時間はいくらでもある」
「随分余裕じゃん。先週は瞬殺されたくせに」
「それがどうしたって言うの」顔をしかめつつ鼻を鳴らし、亜季子の啖呵は続く。「あなたが……あなた達が遅刻するのはこれからも続くのだし、風紀委員会の予算もそう簡単に尽きる訳じゃないのよ」
「あんた、恥ずかしい事言ってんの分かってる?」
「うるさいわね、個人が組織に勝つことは出来ないということよ。村上春樹もそう言っているわ」
「バックと金に頼りやがって……」
「はっ」亜季子は肩をすくめた。「言いたいことはそれだけ?」
「山ほどあるっつの!!」
「なら、そこは省略しなさい。私はあなたを始末してあなた達の遅刻を報告するわ。それ以外の話が尽きたなら、あとはそのサブマシンガンにでも語らせなさい!!」
「恥ずかしいから黙れって!! 委員長顔!!」
「だから何なのよ!!」風紀委員は声を荒げるとローファーで足元を蹴りつけた。すると彼女の両脇から小さな爆発が起こり、地中から長尺の銃器が二丁跳ね上がった。
 砂埃を振り払って回転する得物が亜季子の手に収められる。重たげに一瞬よろけ、体勢を立て直した亜季子は、模範的生徒の顔に勝ち誇った笑みを広げて志穂を睨めつけた。決してたくましいとは言えない両腕に抱えられた銃器は何時の日か東側と呼ばれていた国の火器である、単発式のライフルだった。
「どう? その頼りない代物で三十口径に勝てるかしら?」
「いや勝つ勝たない以前に地面から出すんじゃないわよ!! 砂かぶったらジャムるっつのそれ」
「くっ、戯言ねっ。防砂コーティングは済んでいるわ!!」
「だったらもっと使いやすくて安いの選べってバーカ!!」志穂が言い終わる前に第一射が放たれた。先刻ばら撒かれたサブマシンガンのそれとは明らかに違う重い発射音が校門を揺るがせる。着弾はパワーボードから数十センチ脇に逸れた地点。しかし亜季子の表情に曇りがないことから、それが威嚇射撃だったと知れる。また、一撃当たりの威力の差を見せ付けることで気勢を削ぐ目的も含まれていたことが、わざわざ撃った方のライフルを肩口まで持ち上げる仕草から志穂にも予測出来た。
 弾けたアスファルトの欠片が志穂の足首に当たる。「乙女の足に何すんだ!!」叫びながら打ち返したサブマシンガンの銃弾は大半が校門に跳ね返される。運良くすり抜けた弾も、ライフルを盾にした亜季子をかすめるだけで大した効果は得られない。順番代わって彼女側の攻撃。二丁の大型ライフルから撃ち出される弾丸は確実とは言えないまでも志穂の周辺を捉えており、道路に、電信柱に傷痕を残して行く。亜季子が使い慣れていない僥倖かグルーピングは出来ていないが、さすがに長年風紀委員を勤め上げてきただけあって、短時間で徐々に修正がかかり始める。一撃でもまともに喰らえば身体ごと弾き飛ばされるのは明白であるため、志穂は回避行動に集中しつつ短期決戦を目指さねばならない。
 弾の切れた弾倉を振り捨てて新しい物に替え、志穂は必死の反撃を試みたがやはり校門の鉄柵に阻まれる。
「だからやなんだよあの校門!! くそったれトーチカ!! ペチカ!! 私は特攻隊かべっ甲眼鏡っ」
「べっ甲の何が悪いのよっ!!」
「うるせーペチカ!! こっち出て来い!!」
「お断りね!!」新兵器を装備して得意満面の亜季子は嘲りもあらわに即刻却下した。
 志穂は仕方なく操縦桿を繰ってバックに入れ、蛇行しながらの後退攻撃へ移行する。それを追う弾丸。校門の内側には既に空薬莢が多数散らばっている。段々と正確さを増す射撃に焦りを覚えつつ、志穂は逆転の一手を考える。
 パワーボードに積める兵器は少なく、残弾もやがては尽きる。そしてその瞬間までに覚悟が決まっていなければ、自分が宿敵に破れ生活指導の教諭へ四人まとめて突き出されることが確定する。かと言って、曲がりなりにも三人の期待を背負って戦っている現状を顧みるに、敗北は赦されない。志穂は千秋や由宇に誓った自分の言葉を今更ながら呪った。そもそも指揮官が前線に立って戦い進んで犠牲になる理由など一つとしてないのである。逆に、狙撃兵の明美を使うなどして安全な戦術を組むのがチームというものではないか。何度も頭を掠めて来た疑問を再び浮かび上がらせ、即座に捨てる。邪魔な思考を始まってしまった戦いに持ち込むことは許されないのである。
 間もなく弾倉は最後の一本を残して道路に打ち捨てられた。そして、曲がり角近くまで後退し攻撃が殆どその意味を為さなくなった時、とうとう弾が切れる。その様子を見て取った亜季子が両手のライフルを斜めに持ち上げ、勝利確信の高笑いを惨憺たる状況と化した校門前に大きく響かせた。
「ちっくしょう……ん?」志穂は曲がり角の入り口に人影を見つけ、横目で窺った。その姿はセミロングの髪先を外跳ねさせた黒ぶち眼鏡の少女、文庫本を鞄に仕舞った由宇だった。
 だが、志穂の一瞬の期待とは裏腹に、由宇は素早く電信柱の影に細い身を隠したのだった。
「何だよう」志穂は口を尖らせる。「由宇が手伝ってくれたら一瞬なのに」
 文句を言いつつも、彼女の顔に不満の色はない。チームの中で校門突破の任を買って出るのはいつでも自分だからであり、且つ三人に余計な罪を被せないためでもある。戦術戦のセオリーを無視した戦い方の根源にも、彼女の選び取った責任感が秘められている。
 と、志穂が気を取り直した瞬間、左肘に鈍い痛みが走った。バランスを崩しかけながら思わず顔をしかめ着弾箇所を見ると、既に赤く腫れ上がり始めていた。それを確認するに合わせて彼女の青い目が据わる。チームリーダーの顔は失せ、代わって口元が猛禽類の獰猛さを孕み、他人の危険も辞さない破壊魔の笑顔は顔色にまで広がった。
「ああそうそうなんだ私の身体ぼこぼこにする気なんだ頭と腕と足だけはやめてくれると思ってたのにさへえそう分かったよいいよもうふざけた髪型しやがって何だその外はね三つ編みおさげ全身体制女」一拍。「ぶっ潰してやる」
 もう一拍置いて、志穂はスカートを翻し対戦車砲弾を抜き取ると、鞄から大ぶりなハンマーを取り出した。
「ふん、もう終わりかしら?」
「亜季子ぉ!!」
 憎まれ口を叩きかけた風紀委員に向かって恐るべき剣幕で怒鳴りつける志穂。
「きっちり防御しろよ!!」
 その威圧から何かを感じ取ったのか、亜季子は装填した弾数を素早く確かめ止めの掃射にかかる。表情からは余裕が消え、慣れかけていた照準もずらしながらひたすら道路の中心を狙って重量級の銃撃を乱発して行く。ブローバックに耐えながら決して気弱さを見せないよう歯を食いしばる姿からは風紀委員としての矜持が感じられる。対する志穂は弾幕に全く臆することなく全速力でパワーボードを走らせる。その剣幕に気圧されたかのように、亜季子の照準が狂わされる。火力と気勢が交錯し、秋の住宅地が戦場の空気に染まる。
 時折髪の毛や脇腹を掠める銃弾は気にせず、対戦車砲弾を持った志穂の左手はタイミングを計る。二人の距離が近付くに連れて志穂の照準から振幅が消えて行く。そして目を大きく見開き頭目掛けて飛んできた弾丸を本能的な動きで避けると、砲弾を前方に放り投げ両手でハンマーを振りかぶりパワーボードの速度を利用して雷管へ力一杯打ち付けた。
「吹っ飛べ!!」
 渾身の力により着火した砲弾は躊躇うことなく志穂の計算した軌道を描いて学校目掛け加速に加速を重ね甲高い声で助けを求める亜季子の手前に広がる校門の最も分厚い部分に辿り着いて爆風を起こし重々しい鉄柵と後方に控える哀れな彼女を敷地内へと吹き飛ばした。

 亜季子が三つ編みを解かれた状態で目を覚ましたのは半時間後、保健室のベッドの上だった。彼女は数秒の間、何が起きたのか分からず黒目をぱちくりさせたが、そこに至る経緯を思い出すや、額に乗せられた濡れタオルが落ちるのも気にせず即座に周囲を見回した。間もなく両目に入ったのは黒ぶち眼鏡の少女が読書をしている姿だった。
「まだ寝ていなさい。痛いでしょう。志穂が少しやり過ぎたわ」
 由宇の声に反応してカーテンの外から問い掛けが飛んで来る。
「亜季子目ぇ覚ましたの?」
「そうみたいね」由宇は冷静に答えた。その返答にすぐさま反応して、志穂を筆頭に三名の女子がベッド脇へと集まった。
「よく生きてたな。あの音だから死んだと思った」
「良かったよう。志穂ちゃんがごめんねえ」
「四週連続私の勝ちっ」
 亜季子はピースサインで勝ち誇る志穂に反論しようとしてすぐに止め、天井で煌々と輝く蛍光灯を眩しげに見つめた。
「情けないわ。何があったのかよく思い出せないの」
「私達が遅刻しそうになってあなたが校門を閉めかけたから、志穂が慌てて砲撃したのよ」
 亜季子の表情が訝しげになる。
「しそうになって、ですって?」
「そうだよう。遅刻したのはバズーカの先輩だったもん。私達、ぎりぎりで間に合ったの」
「来週からは気をつけてよ。ほれ眼鏡。奇跡的に無傷で生還」
 志穂から投げ渡されたべっ甲フレームの眼鏡を掛けると、亜季子の目が細められた。
「あなた達は遅刻していないって言うつもり?」
「その通りじゃん。大体あんた覚えてないんだし」
「チッ」
 風紀委員の敗北宣言を聞いた明美がくつくつと笑う。
「分かったわ、もう行きなさい。寝るわ。何だか眠くてたまらないのよ」
「へえ、朝っぱらから」志穂はにやついた。「時差ぼけじゃん?」


後書き
 何も考えずに読めるもの、その上で楽しめるものを志向して書いた作品です。あちらこちらから非難囂々。今更ながら銃火器のデータを滅茶苦茶細かく書いたりすれば良かったかとか思ってしまいますがそれをやると速度が緩んでしまうのでやはりこれはこれでいいのかもしれません。何かのパイロット版みたいですね、結果としては。しかしミリタリー系女子高生はやり尽くされている。困った。三語縛り等小説に置いてある『ガンボールマシンウィークエンド』『ベイビィポータブルボム』のまとめとして書いたつもりが始まりになってしまいましたわ奥様。


最後まで読んでくれてありがとう