二、呆

   

 それはそれとして、都市対抗戦の日が近づいていた。
 各都市の衛士団は団内で定期戦を行い切磋琢磨するのはもちろんのこと、毎年収穫期になると近隣都市の衛士団と親好、祭祀、力の誇示の意味を込めて交流戦を行う。これは定期戦の成績により選ばれた五名が特設闘技場にて順々に手合わせをするもので、収穫祭の目玉の一つとして市民や旅商人の注目の的となっていた。
 代表者のうち四名はその年の成績により決定される。以前は一部が人脈ないし権力によって選ばれていたのだが、あからさまに腕の落ちる者が出てくると大きな不評を買うため、近年そのような不正は段々と減って来ている。大将は基本的に団長が努め、対抗戦のトリにふさわしい熱戦を繰り広げる。そして、その盛り上がりと戦績によって収穫祭の価値も決まる。引いてはホストをつとめた都市の評価が上下することとなる。
 サディの町は規模の割に豪華な舞台を用意する予算を割り当てられており、また客側から見て当たりの年が多く、収穫祭の盛況ぶりに立派な華を添えていた。勝負は大将戦までもつれ込むのが常で、その大一番も例外なく一進一退の攻防を見せるという最高の展開である。半ば形骸化し単なる見せ物に成り下がった都市が増えている昨今これは珍しい部類に入る。市民の話題は収穫期が近づくと対抗戦の予想で持ち切りになったし、戦いを根本的に嫌う人々以外は概ね衛士団の催し物を誇りに思っていた。
 ところが今年は問題があった。団長のハイトが足を骨折したのである。
 話は対抗戦から半月前の訓練に遡る。
 ハイトは初心者相手の実戦訓練を行っていた。他都市の衛士団ではある程度の基礎ができるまで実戦を行わせないのが常識だったが、この町では少々勝手が違う。伝統的に、新入りでも必ず実戦訓練へと駆り出す習慣を持っていたのである。練習は実戦に直結しない。実戦からのフィードバックを持ってして初めて練習に実が入るというのが代々の習わしだった。
 ハイトはいつも通り新入りのおぼつかない太刀筋を一つ一つ受け流しなら丁寧に指摘し、大きな隙が見られると刃を弾いて喉元に切っ先を突きつける。その回数は訓練時間が経つごとに増えて行く。初心者は大抵振りが大きく無駄な動作にまみれているうえ基礎体力が足りていないので、ハイトが一太刀返すごとに三倍の疲労を覚え、あっという間に汗みどろになった。それでも訓練の辞退は認められない。ハイトが良しの合図を出すまで手合わせは続く。それは衛士団における通過儀礼の一つと言えた。
 事故は、新入りの疲労度が最高値に達した時に起きた。
 ハイトは残り五手で訓練を終え、最後にもう一度寸止めをして締めようと考えていた。一方新入りの頭からはそんなことを考える余裕も消え去っており、視界は瞼に落ちる汗でおぼろげになり、残されているのは次の一太刀を振るう強迫観念だけだった。彼は腰元に構えた剣にありったけの力を込めて水平に斬りつけようとした。しかし腕の力はイメージに着いてくることなく、切っ先は垂れ下がりハイトの足元目がけて歪んだ軌道を描いた。剣を逆手に持ち替え落ち着き払って弾こうとするハイト。ところが、ステップを踏んだ瞬間に足元の石畳が崩れ落ちたのである。
 バランスを崩した彼は誤って重心を利き足に移す。重心移動により傾いた身体は武器をイメージより高い位置に引き上げ、新入りの剣はその下を通過し無防備になった脛へと惰性的に吸い込まれて行った。
 訓練用の刃引きされた剣だったから骨折で済んだ。そう考えれば運が良いと言えないこともない。だがタイミングとしては最悪だった。全治までには軽く見積もって一ヶ月を要するため、当然対抗戦には支障が出る。もちろん無理を押して出場することも可能だろうが、そうなるとまた別の問題が発生するのである。
 特例として五人目の出場者を団員から選ぶことが許されている。ハイトはいくつかの名前を頭に浮かべては消し、その度に自らの出場を考え、それはいかんと戒め、最後に一つの決断を下した。

 サディが執務室に呼び出されたのは、対抗戦の実に一日前のことだった。時期的に用件は大体特定されている。他の団員は彼に嫉妬ないし訝りの視線を送り、ごく一部の者は決まってもいない事柄に大いなる賛辞を贈った。
 彼はいつも通りの青白い顔で、一寸ためらってから執務室の扉をノックした。
「やあ、団長」
「ハイトで構わん」
「出られそうなの?」
「だったら呼ばんよ」
「そうだろうね」
 彼らは同期の入団だった。ハイトは、サディとは対照的に史上最年少で団長に就任するなど数多くの実績を打ち立てていた。また精悍な顔立ちと責任感の強さからサディに次いで女性人気が高く、更には彼と違って団内での信頼も厚かった。
「僕が出たら文句がひどいよ」
「結果を出せばそれも消える。お前はそろそろ評価されるべきだ」
「あんまり興味ないけど」
「こちらは十分ある」
「勝ってもいいの?」
「構わん。今年はこちらの勝ち年だ」
 つまりはこういう事だった。ただ普通に対抗戦を開催するとしたら、評価の高い年とそうでない年の波が必ず現れる。しかし、見せ方を偏重すれば他都市と同じく競技性を失い人々は離れて行く。それを防ぐため、毎年団長同士が話し合って面子を決めることで最終戦までテンションが持つよう戦いをコントロールし、最終戦についてはその年の状況を鑑みてどちらが勝つか決めておくのである。
 ここ三年で戦績は一勝二敗。都市間のパワーバランスも大きく傾いてはいない。つまり今年はハイトが勝つ算段なのだった。
 問題がややこしいのは、ハイトの腕が相手団長よりも遥かに勝っている点だった。言ってしまえば片足を負傷した状態でも勝利することができるのだ。とは言え、それを実行すれば過去の二敗はどういうことだったのかと取沙汰される羽目になりかねず、同時に今後の方針を立てづらくなる。
 一方で、勝てるのだから自分が出ても良いのではないかという若さ溢れる願望が彼の胸にはあった。その一点において判断の保留がなされていたのである。
 相手方からはハイトの敗北案も出ていた。それはそれで一つの選択と見なしていたが、彼の性分は安易な採択を許さなかった。
 サディにその任を委ねようとしたのは、すなわち勝ちに出ることを決めたわけである。
「軽く勝っちゃわない方がいいんだよね」
「致し方ないことだ。だが最低限の仕事はして欲しい」
 この一言で、サディは団長代理を承諾した。
 本調子ならばハイトと同等かそれ以上の腕前を持つサディにとって、薬さえ飲めば勝つことはそう難しくない命題だった。しかし彼は常日頃の不調と、相対するような絶好調という二態の中間を知らなかったため、結果として手加減をすることが極端に苦手だった。槍斧を構えれば可能な限り素早く片付ける。さもなくば倒れるのみ。獣性にも似たその感覚は、衛士団における彼の扱いを一層困難なものにしていたと言える。
 本気を出しても構わない。これはサディにとって重要なファクターだった。相手もハイトより劣るとは言え一都市の衛士団長を勤める男である。薬を飲まない状態では勝てる保証はない。いきおい薬を飲まなければならないわけだが、そうすると接戦を繰り広げることに無理が生じる。このジレンマが多少なりとも解消されることは大きな意味を持つ。
 サディは久々の大舞台で思うさま戦える期待に打ち震えた。化生相手には毎年のように行っていることだが、人間相手、しかも多くの観客に見守られてのこととなれば状況は全く別である。どのように倒そうか。どうやって魅せようか。そんな喜びの思考に彩られ、彼は体調不良にも関わらず久々の深い睡眠をむさぼった。
 翌日、起き抜けに部屋の棚を探ってみると有用な薬が根こそぎ消えていた。
 彼は腰に手を当て髪をかき上げ深く青いため息を一つだけついた。


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