ブッダステップ

 建物は黄銅色の釣り鐘を思わせた。
 中には空気の流れが得体の知れない伽藍のようで、後ろ手に扉を閉めると光はほぼ皆無となった。
 まず感覚を刺激したのは囁きが重なり合った無機質な声のうねり。幼い少年とも女性ともとれる合唱は、ともすればヴォコーダーを通した歌にも聞こえる。声は時に裏返りながら鼓膜を震わせ、僕のリズムを場に一体化させた。
 時折混じる喘ぐような掠れ声は女の人。荒い息継ぎ、ささめき笑い。心臓を直接撫でられている気がする。
 と、香水を調合したような甘く重い匂いが鼻を突いた。僕は一瞬むせ返りそうになる。汗の香りも少し。そう言えば建物の中は蒸し暑い。皆、汗をかいているのか。
 首元に気配を感じて振り返ると、やっと慣れた目に細身のシルエットが映る。腕から肩、胸から腰のラインが自然な曲線を描いているのは?
 触れるか触れないかで止まった手に操られて僕はシャツのボタンを外して行く。多分今、僕一人が不自然な身体なのだと僕は考える。
 闇の中で瞬いた二つの瞳は紅く、少し潤んでいる。僕はそれに付いて人々の間を抜けようとして足を滑らせ、誤ってその背中に身をもたせかけてしまう。汗をかいているのにひんやりとした、春雪のような肌。僕の手が不意に掴まれ、振り返った彼女の胸元に引き寄せられる。薄い胸は十分な湿り気を持っていて、肌を伝う鼓動は思った以上に速い。そのまま膝から崩れ落ちると、彼女が僕を見下ろす姿勢になった。
 僕の真上で深く息をしながら、彼女はおそらく僕を見下ろしている。艶を帯びた髪の毛が首筋を洗い、汗が滴り落ちてくる。合唱は伽藍の中を不規則に飛び回って亜熱帯の空気に陽炎の揺らぎを与える。
 汗が粘り気を帯びて来た。あるいは、汗ではないのかもしれない。吐息の重さが分かるくらいまで近づいた彼女の口元から、掠れ声と共に漏れるのは何だろう。舌伝いに流れ込む温かい何か。触れそうで触れない距離は時折汗を絡ませ、僕はその度に身を震わせる。
 鼻先を胸に近付け息を吸うと、彼女の震えが見える。甘い汗の香り。
 合唱が最高潮に達し、辺りを飛び交う声の鏃が僕達の皮膚を切り裂き血の匂いを交わらせる。頭はとうにかき回されて、僕と彼女には身体しか残っていない。
 彼女が持ち上げた手の先から一滴の血が僕の落ち、鼻梁を通って舌に届くと、僕は同じことを彼女にする。血を口に含みながら見下ろす彼女は殆ど力を使い果たしたように見える。
 その時声が途切れ、残響が割れ金のように響き渡り、糸が切れたように倒れかかる彼女に僕は初めて手を触れた。


後書き
 テキスポさんの「クイックライトバトル」に投稿した作品。お題が出されてから一時間で書きます。非常に評価の悪い作品でした。確かに一行目からまずい。あと、エロティシズムをはき違えたのでしょう。タイトルはサイケアウツゴーストの楽曲から。


最後まで読んでくれてありがとう