ウェルドイット!

 突然、助手席のドアが開いた。
 というのは面白くも何ともない嘘で、僕の乗っている車体がピンク色のすごくみっともなくて格好悪いマーチにドアは付いていない。
 正確にはそれも事実と少し違う。一応助手席の向こうを塞いでいるジュラルミン板はあるし、上半分は継ぎ接ぎだらけのガラスに覆われてもいる。ただ、普通の車と違うのは、その四囲が車体とアーク溶接されていることで、だから僕の車のドアの一枚は実質窓の役目しか果たさない。ドア三枚に壁一枚の軽自動車。時々歩道から訝しげな視線を感じることがある。
 どうして僕の不細工ながらも可愛いマーチがこんな状態になったのかというと理由は至極簡単で、彼女が足癖の悪い子だったのと何故か溶接技術に必要機材を持っていたからだ。ついでに書くと気性が荒いのも関係しているかもしれない。歩く火薬庫。瞬間湯沸かし器。足にオーガが宿っている。彼女の悪名を思い出し始めたら枚挙に暇がなくて困ってしまう。
 ドア溶接事件のあらましは実に簡単、三ヶ月と四日三時間半前に――あまりに衝撃的だから時間まで覚えている――高速道路たまたま助手席の窓を下ろしていたところ、隣を通り過ぎる頭の悪そうなバイクに乗った半ヘルの子供が、あろうことか僕の車に、しかも彼女のいる場所に火のついた煙草を放り捨てて来た。ただそれだけ。煙草は灰をまき散らしながら僕達のプライベートスペースに突っ込んで彼女お気に入りのチェックのスカートの上に落ちて、火が消えた代わりに根性焼きを残したのである。
 次の瞬間、彼女は顔色一つ変えずに空気だけは阿修羅姫のそれと化して、スカートが翻るのも顧みず僕の僕の僕のマーチのドアにサイドキックをお見舞いしていた。ドアは何とかゴーンさんの願いも空しくジョイントと鍵を弾いて青空の下へ身を躍らせ、半ヘル男をバイクごと一車線吹き飛ばして中央分離帯に叩き付けた。大した速度を出していなかったからまだ良かったものの、それでも哀れな未成年は打撲に擦り傷引っ掻き傷を山ほど拵えて泣きわめく羽目になった。悲鳴を上げながらごめんなさいごめんなさいと許しを請う怪我人を彼女は怒り冷めやらぬといった表情で両手を腰に当てながら傲然と見下ろし、静かに言い放った。
「財布出して」
 結局次のパーキングエリアで免許のコピーをとってさんざっぱら脅し文句を投げかけた末に半ヘルを解放した僕達は、五月晴れの陽気な世界の誘惑に勝てず、ドアを後部座席に無理矢理詰め込んでそのままドライブを続行し、何とかかんとか警察の目につかないまま月極駐車場に帰り着いたのだった。
 で、翌日、電話で呼び出しを受けて駐車場に行ったら彼女が既に溶接を始めていたと。
「綺麗にくっ付くよ、これ」ケラケラ。
 文句を言ったら殺されそうに思えたのと、案外違和感なく仕上がって行く行程に好感を持ったので、僕は彼女の蛮行を半笑いで許すことにした。それ以来ドライブに行く時はまず彼女が運転席側からギアを跨いで助手席に乗り込み、僕がその後に続くという妙な習慣が確立した。
 彼女が足の裏で蹴り飛ばした箇所は今でも靴の形に凹んでいる。まるで日比谷かブロードウェイの手形みたいだと見る度に思うけど、嫌味にとられたら悲しいから口に出した事はない。
 チェックのスカートは半ヘルから巻き上げた慰謝料――ひどいよね――で色違いの物を手に入れた。灰色のタートルネックに合わせると如何にも大人しそうな雰囲気で、とてもドアを破壊するような豪傑には見えない。
 彼女が乗り込む時にスカートの裾から覗く太ももとかストッキングとか色々は、言いにくいけど見栄えが良くて、僕はその時だけ助手席のドアが開かなくなったのをちょっと喜んでいる。これも内緒の話。


後書き
 テキスポさんの「クイックライトバトル」に投稿した作品。お題が出されてから一時間で書きます。こういう女の子、好きなんだよなあ。いないけど。同意はあまり得られませんでした。


最後まで読んでくれてありがとう