レディオレリアン

「内閣総理大臣は……古代ギリシャの重装歩兵によって組まれた密集陣形を指し……川崎対大分の試合が前半……で十四対三……」
 何言ってんだこいつ。
 文句を口にする間もなくラジオは再びノイズを流し始めた。やはり液漏れは致命的だったらしい。いくらぼろだからって一年も放っておいたのは誰だ。
 僕だ。
 隣ではその携帯ラジオから既に興味を失った様子のジルが漫画週刊誌のページをさして興味もなさそうにめくっている。
 ジルは僕がティッシュで拭き取った液漏れ電池の結晶を一瞬見やり、「変なの」と一言つぶやいた。
 しかし電池を一年もの長きに渡って放置せざるを得なかったのはジルがCDラックの後ろに落としたことを僕に告げなかったからで、そういう意味では彼女も同罪なのだ。
 と、さっき言ってやったら引っ掻かれたのでやはり悪いのは僕かもしれない。
 〇歳の時から髪の毛一本色のついていないアルビノのジル。殆ど透明な爪は僕に切り傷をつけるために付いていると言っても過言ではない。
「……以上で本日の講義を……」
「あっ」
「……」
 三秒だけ息を吹き返したラジオに希望を感じたのも束の間、それが終わると今度は音の砂嵐すら聞こえなくなる。
「ちくしょう」
「ね、どこが悪いの?」とジル。僕のジルベルト。
 僕は電池ボックスを開けて中身を見せ付ける。
 アルカリ乾電池から漏れた液がバネに付着して、ゲル状に固まっている。これでは電気を上手く伝えることは出来ないし、漏電の危険すらあって下手に手を出すことすら躊躇われる。
「電池は入れっぱなしにしておくと液漏れして駄目になるんだ」
「ふうん」
 ジルはさして感心した風でもない。
「あと半年早ければ間に合ったかも」
「関係の修復が?」
「何だそれ」
「ラジオと電池よ」
 成る程、婚姻関係。だとしたらラジオには奥さんが二人いることになる。
「いい教訓になったじゃない」
 ジルは週刊誌で僕の後頭部をぱしぱし叩く。
「私を三日ほったらかしにしたら液漏れするってことだわよ」
「泣くの?」
「まさか」肩をすくめるジルは白猫に似ている。「あんたの血」
 僕が電池か。確かに家事の大半は僕の役目だけれど。
 言われてみれば、確かにジルは僕が口に出せないことをたくさん代わりに言ってくれる。大学で友達付き合いが成立しているのも彼女のおかげが七割くらい。僕は、考えることは多くても、いやそれが多いほど言葉が出なくなってしまうのだ。逆に、ジルは考えれば考えるほど饒舌になる。色素がない分神経が発達しているのだろうか。白くて活発なジルと、少し白くて受動的な僕。僕はいつでも三歩下がって、彼女の影を踏まない。
 何度も僕に液漏れを起こさせている愛すべきラジオに、少しは感謝してもいる。
 僕は、諦めながらも駄目元で再度綺麗にした電池をはめ込んだ。
「……カタクラフトが……ギャー!」
 突然の叫び声に僕達は目を見開き、ジルはとっさに耳を塞いだ。
「なあ、今の悲鳴、殺しじゃないか?」
「何それ」
 言ってみたかっただけなんだ。
 僕はラジオがこれ以上厄介事を起こす前に、電池を抜いて燃えないゴミの袋に投げ捨てた。
 願わくば、内閣総理大臣が密集陣形に圧殺されていませんよう。そしてジルが二人目の電池を見つませんように。


後書き
 テキスポさんの「クイックライトバトル」に投稿した作品。お題が出されてから一時間で書きます。題名はメデスキ、マーティン&ウッドの新譜から、ジルベルトという名前は、全然性格が違うけど『時載りリンネ!』のキャラから頂きました。


最後まで読んでくれてありがとう