グラスマーチ

 玄関を開けると光が四方から飛んできて、葉月の金髪をきらびやかに染めた。建物から道路から、全てをガラスで作られた町は今日も気兼ねなく輝いている。太陽が降らす光は町に届くや千々に乱れ、大通りから家の間まであらゆる隙間を埋め尽くす。
 葉月は青く光るガラスの塊を抱え、背中で扉を閉めた。その耳に飛び込んで来るのは道路の中央を流れるベルトコンベアの駆動音。透明感のある町からどこか浮いたようなそれは、様々な形のガラスを休むことなく流し続けている。葉月はガラス達の間に場所を見つけてそろそろと自分のガラスを置く。それからガラスの行く先に目をやると、そこかしこで同じようにガラスが置かれている。下流へ進むと空き場所がなくなり、ガラスの上にガラスが重ねられる。ガラスの町の朝の光景。
 太陽がわずかに角度を変え、向かいの建物に跳ね返って葉月の目を突き刺した。思わず目をつむり、次いではっとしたように時計を見た。
「青い蝶が見られる場所で」
「わかったわ」
 彼とのやり取りが葉月の頭にこだまする。青い蝶が見られる場所。どこか謎めいた言い回しは彼の癖で、葉月はその場所をよく知っている。ベルトコンベアが集まる先、町の外れのガラス処理場。役目を終えたガラス達はそこで砕かれ、欠片は日の光を浴びて蝶になる。週明けは磨りガラスのモンシロチョウ、週末は七色ガラスのアゲハ蝶、そして休みの今日は青い蝶。彼はそこで葉月を待っているのだ。
 葉月は再び時計を見る。それからベルトコンベアも。流れるガラスの量は減ってきている。ラッシュアワーも終わりが近い。約束の時間に間に合わせようと思ったら、息が切れるほど走らなければならなさそうだ。
「少し遅れます」
 誰にともなくつぶやいて、ガラスの爪先でタイルを弾く。澄んだ音色が通りを抜けて、路地の奥まで響いて行く。
 いざ行かん約束の場所へ。葉月の鳴らす足音は、マーチを刻んで朝の空気を朗らかに照らし出す。


後書き
 いっぺん ー I can't stop reading you.さんの「お題で書いてみませんか?」って企画に投稿したお話です。今年の目標である「インダストリアルロックと小説の融合」の端緒になればと思って書きました。しかしキリハラの小説でロックはなかなか難しいかもしれませんね。


最後まで読んでくれてありがとう