メダラ

 僕は中身一杯のキャリーバッグを抱え、ふらふらしながら中央駅のホームに降り立った。ふらついているのは荷物のせいだけではなく、お腹が空いて仕方ないのもある。何しろ前の駅で食べ物を買いそびれて、三時間もパン切れ一つ口にしていないのだ。育ち盛りなのに。
 人波をかき分け改札を抜けると周囲の様相はデジタルに一変する。床は光り輝く正方形のタイル、天井は雑多な情報メッセージに埋め尽くされ、売店は一つもなく、凝った造りの自動販売機だけが壁一面に並ぶ。
 何度来ても慣れない風景に戸惑いながら視線を左右に振ると、見た目よぼよぼの年寄りが目に入った。爺ちゃんだ。爺ちゃんは僕が動き出すより早く、両足のサポータマシンをフル活用して僕の所へ駆けて来た。よぼよぼ?
「おう、よく来た」しわがれた口から放たれる挨拶は年に似合わず快活だ。「腹減ってるか?」
 僕は三度頷く。早く家で婆ちゃんの手料理を食べたい。
 そんな思いを知ってか知らずか、爺ちゃんはよしよしと微笑み一枚のタイルを勢い良く踏んだ。すると目の前に一本の柱が立ち上がる。取り付けられたキーボードを超速ブラインドタッチで叩きまくると、膝元の取り出し口から液体食料のパックが落ちて来た。
「ほれ」
 えー。

 ゲーセンは機械化福祉都市の一つだ。入居資格は八十才以上、延髄プラグの挿入手術に耐える体力と機械化生活に馴染む気力が残っていること。これらをクリアして住み始めた人達は一様に若々しさを取り戻し、百二十才くらいまで平気で生き延びる。

 チョコ味の液体をちゅうちゅう吸いつつ、爺ちゃんを見る。皺だらけなのに軽快なステップ。幸せそうな顔。婆ちゃんの事を訊いたら、料理を作って待っていると言うので一安心。
 周りを元気一杯のよぼよぼおじいさんが行き来する中、僕は何だか釈然としないものを感じ、でも皆楽しいならいいかと、何となしに考える。


後書き
 テキスポさんの「第一回800字バトル」に投稿した話。入選して『800字文庫(1)』ってウェブ本に収録されました。ウェブ本つっても誰かがお金出して買ってくれる訳ではないそうな。まあそりゃそうだ。タイトルは英語で「延髄」の意です。「ゲーセン」は下がり調子で読みます。ル=グィンの小説に出て来る星「ゲセン」みたいな感じ。


最後まで読んでくれてありがとう