宿題をあらかた片付けて一息ついていると、姉がほとんど音もなく部屋に入ってきて僕の背後をとった。何か話があるのかと思ったけどいきなり後ろに回るなんて変だったから何も気付かない振りをしていたら、姉はすっとかがんで僕の肩辺りに両腕を回して抱きしめてきた。
「……姉ちゃん?」
 僕は恐る恐る尋ねる。姉がそんな風に振る舞ったことは一度もなかったから、何か辛い事件でもあったのかと思ったのだ。
「気にしないで、宿題続けていいよ」姉は静かに、余裕たっぷりな調子で答える。でもその声色には少し潤んだような胸を高鳴らせる響きが入っていて、僕はどうにも落ち着かない。すでに宿題どころじゃない。
「優ちゃんの髪はさらさらして気持ちいいねえ」
 そう言って姉は僕の髪を柔らかいタッチで撫でる。指先が肌に触れて、僕は少し力が入らなくなる。
「姉ちゃん、どうしたの? 何か変だよ」
「そう? 優ちゃん、こうされるのいや?」
 言いながらも手は休めず、髪から首筋、そして耳たぶに指を滑らせてゆく姉。口が耳元にあるから言葉を発する度にかすかな吐息がかかってくすぐったい。僕は姉の指が動く度に軽く震えて、姉はそれを感じてくすっと笑う。
「いやとかいやじゃないとか……」
「いやじゃない?」姉は更に顔を寄せながら、とても小さな声でつぶやく。まるで悪魔が手招きをするようなさりげなさで。
「……うん」
「いやなの?」
「いやじゃ、ないです」
「よしよし、優ちゃんはいい子だね」
 そしてご褒美、と一言付け加えて耳の裏に冷たい舌を這わせてきた。僕は小さく声を上げて肩をすぼめる。姉はまた笑う。
「宿題、続けていいよ」
 姉は耳の裏を丹念に舐め回す。すると身体の芯に火がついたような気持ちになる。次いで耳の付け根に向かって舌をずらし、耳の生え際を確認するようにゆっくりと下から舐め上げて行く。僕は思わず姉の名前を呼びそうになる。
 舌は姉とは別の生き物みたいに僕の肌にまとわりついて耳と首筋の間をなぞる。一番上まで届いたかと思うと尖らせた先を耳たぶに移し、なまめかしく動いて僕の身体を震わせる。耳はもう全身の神経が集中したみたいに身構えていて、舌先が通るや否や甘ったるい刺激を背骨から指の先まで送り込んでくる。
「優ちゃん、福耳だよねぇ。少しもらっちゃうね」
「姉ちゃ−−」
 僕が言い終わる前に姉は耳たぶをその薄い唇に含んで舌で転がし始めた。姉の口から僕の耳に唾液のたてるかすかな音が飛び込んでくる。姉は味わうように、何度も何度も耳たぶを舌で弾く。姉の口から生えてきた真っ赤な触手。僕はぎゅっと目をつぶってそのうごめく様を想像する。
 どれくらいの時間が経ったんだろう。姉は一旦耳たぶから口を離した。僕はふっと神経をゆるめて思わず余計な口をこぼす。
「どうだった?」
 姉は答えない。答えない代わりに僕を抱く両腕に少し力を込める。服越しに胸の感触が伝わってきて、僕の神経はまた尖り始める。姉の胸はクッションみたいにふわふわして、そして思ったよりも温かい。
 何秒か永遠みたいな時間が続いた後で姉は僕の耳に再び口を付け,誘うように言った。
「おいしいよ」
 直後、耳の一番柔らかい部分めがけて歯を立ててきた。
「ぅんっ」
 姉は僕の声に応えて小さく笑う。そしてまた舌を軽く突き出し、今度は耳の内側にその先を這わせてきた。さっきまでとは少し違った刺激に僕の身体は自然とくねる。姉は逃がさないとばかりに両腕に力を込める。その手はいつもの姉から想像できないくらい熱く湿って、まるで姉じゃないみたい。そう言えば、僕はさっきから一度も姉の顔を見ていない。彼女は本当に僕の姉?
 僕が振り向こうとすると、姉は小さく駄目、とささやく。僕はその言葉で腰から力が抜けてしまって、もう身動き一つとれなくなる。そう、彼女は姉なんだ。そうに決まっている。
「いい子」
 もう一度つぶやいて、姉はまたゆっくりと舌先を動かす。細く続く溝の深さを確かめるように。そして僕を焦らすかのように少し舐めては動きを止め、かと思うと舌の付け根までを使って大胆に舐め上げてくる。僕の知らない姉の舌。僕の耳を知ろうとするように唾液を含ませながら這いずり回る姉の舌。姉が通った所は少しねっとりした感じに濡れて、外の空気から切り離されたみたいに冷たい。僕の息はいつの間にか荒くなっている。姉はそれをも楽しむように柔らかな耳をもてあそぶ。
「姉ちゃん、もうだめ……」
 僕が掠れ声で懇願すると、姉は許さないとでも言うように小さく首を振る。その間も舌先は僕の敏感な部分を捉えて離さない。もう遠慮のかけらすらなくぴちゃぴちゃと唾液の絡まる音を立てて、一歩ずつ僕の内側に入り込んでくる。舌が立てる音も容赦なく張りつめた神経を震わせ、耳の奥まで届き、脳みその根っ子をぐらぐらと揺らす。
 と、姉がかすかに身を引いて耳から口を離した。僕は何だか切なくなって姉の腕に触れる。とても温かい肌だ。僕を溶かしてしまいそうなくらいに。
 次の瞬間、固く尖らせた舌が耳の穴に挿し入れられて、全身にもやのかかったような電気が走った。姉はこれが最後と言わんばかりに激しく僕の耳を舐め回し、唾液を塗りたくり、しつこいくらいにかき回す。僕の耳は姉に満たされてアイスクリームのように溶けて全て飲み込まれて行く。時々姉が耳の中身を吸い出すようにじゅるっと音を立てる。その度に僕はみっともなく声を上げてしまう。もうどうなってもいい。
「内緒だよ」姉が耳の奥でささやいた。僕は無言で小さく頷いた。
 姉は耳全体を口に含んで思い切り吸い、僕は快感で背中を反らす。五感が姉に奪われて、一気に食べ尽くされる。糸を引くような響きを僕の耳に植え付けながら、姉は僕の耳を吸い続けた。
 そして唐突に口を離すと、それまでの粘っこさはどこへやら、普段持ってる気軽さで束縛を解き、そのまま音もなく部屋を出て行った。僕はしばらく身体の甘さと痺れに包まれたまま、椅子から一歩も動けずにいた。
 以来姉が何かしてくるようなことはなく、実際のところ、彼女が姉だったかどうかはわからない。

後書き

 『おかしな拍子のメトロノーム』のあきやまねねひささんに捧げる文章。九月九日のログにインスパイアされました。
 ちょっとばかり背伸びして官能的というかいやんえっちぃな文章を書いてみようとしたのですが、難しいもんですね。一つわかったのは、汁気が一つのキーワードだということ。もうちょっとねちょねちょしても良かったかしらん。

最後まで読んでくれてありがとう