スマートボム

 新し物好きな上に可愛い物好きな姉は、CMを見るや否や財布を引っ掴んで自転車に飛び乗ると近くのコンビニを三軒はしごし、それでも見つからないとなったらわざわざ電車まで使って目当ての品を手に入れてきた。汗だくのまま自慢げに買い物袋を押し付けてくるそんな姉が僕は大好きだったけど、少なくともその中身が可愛いとは思えなかった。
「ほんとさー、あり得ないよねいきなりピガーなんて。チャレンジャーだよ奴ら」
「うん、あり得ないよね」
 僕と姉の『あり得ない』は意味が違う。
『ピガー』は動物のぬいぐるみが主人公のアニメに出てくる脇役キャラクターで、耳と態度がやたら大きい豚だ。二足歩行するし服は着るし、一人称は『オレ様』なんだけど意外と気は小さい。いつも先走りしては主人公の虎『ウー』にいい所を持って行かれては負け惜しみを言う三枚目役。まだまだお子様中学生な僕はそういうのを見ていると段々イライラしてくるんだけど、もう十代後半に差し掛かる姉なんかはそういう所がまた可愛いらしい。女の人は色々あるんだ。
「ね、早く使ってみようよ」姉がうずうずしながら言う。
「でも、もうちょっと置いといてからでもいいんじゃない?」
「えーえーえー使おうよーせっかく買ってきたんだからー」
 いつも通りだだをこね出した姉に、僕はなかなか逆らえない。ピガーよりこっちのがずっと可愛い。でもこれ使うの、怖いんだよなあ。
「それじゃさ、姉ちゃんの部屋に行って、飛んでたらやろうよ。僕の部屋とかはちょっと」
「いやもう絶対いるって。窓開けっぱにしといたし」
「ちょっ、危ないってそれ。泥棒とか来たらどうするの」
「大丈夫よう、財布はちゃんと持ち出してきたんだから」
 何て軽率な姉だ。ちゃんとじゃないっての。
 姉の部屋は白い。いや、実際に真っ白なわけじゃなくて白いのは壁紙だけなんだけど、スチールの机とかシンプルなベッドとか、女の人っぽい所が全然ないのだ。だから白。イメージの白。少女趣味なのに自分の周りにはそういうのを置きたがらなくて、買ってきた物はほとんど僕の部屋に来る。だから僕の部屋はピンク。
 姉はうきうきした様子で部屋の真ん中にビガーの置物を据え付ける。すごく不釣り合いだ。それから僕の方に向き直る。
「準備OK? 蚊ぁいるよね」
 確かに蚊は二、三匹飛んでいる。わざわざ窓を開けておいた甲斐があったみたい。
「一応さ、窓とカーテンくらい閉めといた方がいいと思うな。近所迷惑とかあるし」
 言いながら僕はそれを実行に移す。姉は今にもスイッチを入れてしまいそうな勢いだ。
「サンキュー。優太郎くんはいい子ねー」
 そう言って姉が僕の頭を撫で撫でするので、僕は赤くなって目をそらす。
「そんじゃ行くよう」
「ちょ、タイマーかけた?」
「五秒」
 カチリと音が鳴った。
「早!」慌てて両手で目を覆う。
 五、四、三、二。姉の楽しそうなカウントが部屋に響く。
 そしてゼロ、と言う寸前にものすごい光が僕達を襲った。正確には僕達っていうか蚊を。目をつぶってても飛び込んで来るくらいの光だったから、僕は怖くて光が終わってもしばらくその場を動けなかった。一方の姉は終わってしまったからと気にする様子も無く、たったいま攻撃を仕掛けてきたピガーをひょいと持ち上げたみたい。
「優ちゃん大丈夫だよー。もう終わったし、蚊もちゃんと落ちてる」
「ほんと?」僕は用心しながら目を開けて、少しほっとした。本当にもう何も起こらないみたい。
 で、部屋の隅と真ん中辺に蚊の死体が落ちていた。
「すごいなあ」素直につぶやく。
「さすがピガーって感じじゃない?」
 それは分からないけれど。
「でも、死体処理するのちょっと面倒だよね」
「そんなもん」姉はティッシュを取り上げると蚊の死体を摘んでゴミ箱へポイと放り投げた。「一瞬よ」
 そりゃそうなんだけど。
 ともかく姉は満足げだったし、一応蚊も退治できるってことで今回の衝動買いは成功だったみたいだ。「じゃ、次使うまで優ちゃんの部屋に置いといて。ね!」
「姉ちゃんの部屋じゃ、駄目?」
「だあってえ、このシンプルさを邪魔するわけに行かないじゃない。ね? お願ぁい」
 というわけでピガーは僕の部屋に来た。ぬいぐるみと合わせてピガーコレクション三体目。
 でも、これは間もなく回収されることになる。誤って光を見てしまうとてんかんの発作を起こす人がいたかららしい。同じ理由でウーのやつも回収されていた。姉は悲しんでいたけど、それは仕方ないよね。
 それでも諦めきれないのか、姉は復刻されないかと毎日テレビのニュースを眺めている。ため息をついては回収されたピガーの事を想っているみたい。僕はコレクションが減って大助かりだから、もう復刻とかはして欲しくないのだけど。
 今もニュースでその話題が取りざたされている。
「人気キャラクター『ウー』の蚊取り閃光は……」


後書き

 スマートボムはそのまま訳すと『誘導爆弾』ですが、ここでは名作シューティング『ファンタジーゾーン』における武器を表します。使うと画面が白くフラッシュし、雑魚を全滅させるのです。四面のボスをこれ三発かヘビーボム一発でしとめるのが基本でした。ビッグウィング。ロケットエンジン。ワイドビーム。古き良き時代のお話であります。

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