マグニファイア

 姉が火災事故で問題になった安売り御殿から見つけてきたのは、虫眼鏡から把っ手をもいで、その代わりフレームにいくつかのボタンをつけたような『マグニファイア』という代物だった。僕はもうその時点で嫌な予感満載だった。
「ほら、これ押すとシャッター出て来るの。すごいでしょー。かっちょいいから買っちゃった!」
 姉がそう言って自慢げにボタンの一つを押すと、フレームの内側からすごく昔のカメラに使われていたような扇状のシャッターが出てきてレンズを覆った。ボタンから指を離すとシャッターの動きも止まる。全開から密閉まで無段階に設定できるというのが『マグニファイア』の特長らしかった。
 で、そのシャッターが一体何を意味するのかという所が嫌な予感の種だったのだけれど、姉がポケットから取り出したタバコを見てそれは大当たりだと気付かされた。
「はーい、これ何でしょう」
「お父さんのタバコ?」
「当たりぃ。日本で三番目にニコチンが多いタバコでーす」
 何でそんなどうでもいい知識を持っているのか分からなかったけど、とりあえず突っ込むのはやめにしておいた。
 姉はおもむろにその大量ニコチンタバコを口にくわえると『マグニファイア』のシャッターを絞ってその先に向けた。
「何するの、姉ちゃん」
「まあまあ見ててって」
 そう言って姉が別のボタンを押すと同時に露出したレンズの部分が二回点滅、それからくわえタバコの先に向かって真っ白な光線が照射された。光線は寸分の狂いなくタバコの先に着地して、次の瞬間包み紙が黒く焼けこげた。
「あーちょっと失敗。ほんとはお父さんみたくシュッて火ぃつける予定だったんだけどな。も一度やるからちょっと待ってね」
「いいよ姉ちゃん! 何かもう使い方分かったし」
「そう? それじゃタバコやめね。見つかるとやばいからトイレに流しちゃおう」
 タバコはそのままじゃ流れないよ姉ちゃん。
 そんな反論をする気力すらもう持っていなかった僕はとにかく姉からタバコを取り上げて念入りに火を消して、水にさらしてからゴミ箱の一番奥へねじ込む。これで多分見つからないはずだ。本当に世話の焼ける姉です。
 そんなことをしている間に姉は台所から青ネギを一本拝借してきた。今度はネギを焼くつもりみたい。
 さっきの実験で『マグニファイア』の用途は大体わかったような気がする。どうやらルーペみたいな使い方をするのではなくて、何かに火をつける物らしい。しかも精密に、強力に。小学校の時に理科の実験でやったのと同じような原理かと思ったけど、あれと違って太陽ほど強い光はいらないみたいだし、シャッターのおかげで狙いもつけやすい。便利かどうかは別として、面白い遊び道具だ。そして姉にだけは絶対持たせたくない。
「何ぼけっとしてんの? やってみようよー」姉は無邪気に微笑む。うん、僕はこれだけでもう負けです。やってみよう。
「それじゃ今度は僕がやってみたいから、姉ちゃんネギ持っててよ」
「いいよー」
 姉は素直にネギを両手で水平に持ち、僕は『マグニファイア』のシャッターを開ける。シャッターを開け閉めするのと何か光を放つのとよく分からないの、合計ボタンは四つ。よしよし、オーケー。
 僕は慎重にシャッターを絞って行く。するとレンズの中心に十字の照準みたいな線が出てきて広がったり狭まったりし始める。
「姉ちゃん、この照準みたいのどうするの?」
「右のボタンでピント合わせするんだよ。カメラと同じだからやってみ」
 すごいなあ。僕は言われた通り、ネギの真ん中にピントを合わせてやる。あとは光ボタンを押せば良いんだよね。
 と思ったら姉が左側のボタンを押してシャッターを全体の三分の一くらいまで絞ってしまった。
「オッケー。シャッターで光の強さ調節するから、このくらいじゃないと火ぃつかないよ」
「姉ちゃん、意外とすごいねえ」
「まっかせて」
 嫌味になっちゃったけど、気付かれていないみたいで一安心。僕はもう少しだけシャッターを絞っていよいよ光ボタンを押す。するとまた二度レンズが点滅したあとタバコの時より少し強い光がネギに向かって照射され、表面があっという間に黒こげになった。
「そのまま動かしてみ」
 言われた通りネギの線に沿って照準を動かしてみるとピントが自動で合ってくれて、ネギの表面に黒い焦げ線が描かれてゆくので、僕は思わず感嘆の声を上げてしまう。ネギ焼だ。姉はもしかしたらすごい目利きなのかもしれない。
「へっへー。すごいでしょ」
 姉が勝ち誇ったように笑うので、僕も釣られて笑ってしまう。抜けているようで時たま鋭い、僕自慢の姉だ。
 翌日、姉は男子生徒の髪を焼いてお母さんが学校に呼び出されて行った。『マグニファイア』はもちろん没収となった。鋭いようで抜けている僕の姉だ。


後書き

 この内容に二千字も使う必要があったのであろうか。まあいいです。書いてしまったものは諦める主義。
 『マグニファイア』は拡大鏡のことです。『マグニファイ』が拡大するで、拡大鏡は『マグニファイインググラス』が正しいようですが、最近読んだ本に『マグニファイア』と書いてあったので良しとしてみました。関係ありませんが頭についている『マグ』はインドの言葉から英語に輸入されたもので、大きさを意味するとか。元は『マカ』『マハ』だそうです。マハトマ・ガンジーやマハラジャのマハね。
 で、内容はと言えば『マグニファイア』の『ファイア』を使った駄洒落でございました。失礼しました。

最後まで読んでくれてありがとう