メタルスイング#3

「ね、優ちゃん、見てこれすごいでしょ。帰ってくる時すぐそこのゴミ捨て場で拾ったの。だってゴミに見えなかんだもの。何ていうのかな、オーラ? そう、わたしに拾えってオーラ出しちゃってたんだもの。これ一個だけネットの中に置いてあってさ。あ、でもゴミは午前中に回収だからこれだけ残ってるの当たり前だよね。あれ、だとしたらどうしてあったんだろ。ゴミ収集車が行った後に誰かが置いたのかな。それか今日燃えるゴミの日だから置いて行かれたとか? いやでも今日って燃えないゴミの日だよねえ。やっぱ誰か置いてったのかなあ。ていうか優ちゃんどうしたの? 大丈夫?」
「うん大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」
「あれ。大丈夫? 熱とかあるんじゃない?」
 そう言って姉が前髪をめくって額をコツンとつけてくるので僕は頬が真っ赤になるのを感じてますます頭がくらくらしてくる。
「ほっぺた真っ赤だよ。薬飲んだ方が良くない?」
「うん、大丈夫だから。それよりその棒、本当に拾ってきたの」
 僕は姉が話しながらブンブン振り回していた銀色の棒切れを指差す。チタンっぽい金属でできたそれは姉の手から少しはみ出すくらいの長さで、先っぽに八面体のガラスが付いている。
「そうだよー。あ、もしかして優ちゃん、わたしのこと犬みたいとか思ったでしょ。失礼だねー。何でも拾ってくるわけじゃないんだよ。これは何だか特別だったんだから」
 僕は犬みたいだと思いつつそんなこと思ってないよと反論しようとする間もなくまくしたてられて何も言えない。姉は楽しいことがあると地上最強だ。
「でね、この親指のとこに付いてるボタンを押すとね」と言いながら姉は棒から突き出た黄色いボタンを押す。すると銀色の棒切れはするすると動き始め、何秒かかけて五段階、一メートルくらいまで伸びた。特殊警棒みたいなシャープな伸び方じゃなく、おじいさんが階段を上るみたいにゆったりとした動き。
「ね、不思議でしょ。わたし、当たりだと思ったね」
 僕は一段と大きな目眩を感じて後ろの勉強机に寄りかかる。姉はそれを見て素早く椅子を引き出し僕を座らせる。
「ほんとにだいじょぶ? 熱はないみたいなんだけどなあ」
 姉が頬や首筋を触ってくるので僕は本当に熱を出しそうになる。
「あれ、何か熱っぽいぞ」
「だだだ大丈夫だから!」
「そう?」
 頭をぶんぶん縦に振る。ただでさえ姉の部屋に連れ込まれて緊張しているのに、そんなスキンシップをはかられたら困ります。
「でもちょっと変なんだよねえ。わたしの勘じゃこれは何かに使えるはずなんだけど。ほら、根元にナンバースリーって書いてあるしさ。絶対すごい機能持ってると思うんだよね」
 棒の根元をこちらに向けてきたので覗いてみると、姉の言う通り"#3"と刻印がされていた。確かにただの指示棒だったらこんなのはいらないはずだし、ガラス体も付いていないはず。そう考えると姉の勘は正しいのかもしれない。
「魔法のステッキにしちゃちょっとシンプル過ぎだし。とりあえず他のナンバーも見つけてコンプリートしろって意味かしら」
 その意味は分かりません。
 と、姉がボタンを押したまま何気なく棒を僕の腕に向かって振った。僕もまた何気なくガラス体が通った辺りを覗き込む。そしてぎゃっと悲鳴を上げた。
「姉ちゃん、腕変になっちゃった! どうしよう!」
 一方の姉は目をキラキラ輝かせて僕の肘から先を見る。
「すっごいじゃんこれ! 優ちゃんの腕、メタリックになっちゃったね!」
 そう、僕の腕は半分が銀色に輝く金属に変わっていた。驚いた程度の話じゃない。試しに指を曲げようとしてみると、いつもと変わりなく動く。けど、メタリックだ。銀色だ。僕の腕はターミネーター二号機みたいに滑らかな金属になってしまった。僕はこれからずっと腕に包帯を巻いて生きて行かなければならないのか。
 すると姉が肘から手首にかけてすっと人差し指で撫でてきた。背中に鳥肌が立ちそうになる。でも、撫でられた跡を見て今度は安堵の脱力が全身を駆け巡るのを感じた。姉が撫でた部分は金属が落ちて、元の肌に戻っていたのだ。落ちた金属は姉の指に付いているみたい。ともかく僕は暗黒舞踏状態にならなくても済むらしい。
「いやー良かったー。姉ちゃんちょっとだけ心配しちゃった」
 本当だろうか。
「あ、疑ってるでしょ優ちゃん。ほんとに一瞬どうしようかと思ったんだからね。元に戻って良かったよう」
 言いながら人差し指を楽しげに眺める姉。本当に本当だろうか。
 とにかく腕を洗ってこよう。そしてできるなら姉からあの危険な物体を取り上げてしまいたい。でも、姉は金属とかシンプルな物が大好きだから、きっと僕に預けたりはしてくれないんだろうな。
「姉ちゃん、僕、手を洗ってくるから」
「うん、行ってらっしゃーい。わたしは色々試して遊んでるから、手ぇ洗ったら戻っておいでね」
「や、とりあえずさ、僕が戻るまで遊ぶの待っててよ」
「あーそうだよね。優ちゃんも見たいもんね。そんじゃ待ってるから早く行っておいでー」
 そういうことじゃないんだけれど。
「コンプリートしたいなー」
 後ろ手に扉を閉めるとき姉がそんなことを言っているのを聞いて、僕は腹の底が冷える思いだった。
 翌日、選挙のポスターが全部銀色になってしまう事件が起きた。僕は姉が本気になったんだと確信しているけど怖くて聞けない。


後書き
 Metal Thing #3→メタルスィング#3→メタルスイング#3です。スイングは振るのスイングとかけてみましたが、皆様お分かりいただけましたでしょうか。お分かりじゃねえよと思った方、ごめんなさい。
 今回のお話はμ-Ziq(ミュージック)というアーティストの曲タイトルからそのまま内容を作り上げたものでございました。姉ちゃんはとても動かしやすいです。というか勝手に動いてくれるので物が一つあると簡単に話が出来上がります。すごいなあ、姉ちゃん。


最後まで読んでくれてありがとう